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五王酔帰図

 投稿者:五王  投稿日:2016年12月17日(土)00時33分44秒 p9245-ipngn5502marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用
  この作品の原作は、かの有名な中国の唐王朝の玄宗皇帝時代の盛世『開元の治』の王子たちの交友を描いた図柄で、唐時代『王維』に見出され、玄宗皇帝に召されたあの有名な「韓幹」の人馬を基本に、題名の如く酒を飲み帰宅まで馬で帰る姿を十三図で描き上げている!中国の有名な絵画は、各時代必ずその原本を元に、模本を製作するのが、基本中の基本なのである。  
 

Re: 明治38年4月・日本美術院

 投稿者:五王酔帰図  投稿日:2015年 8月18日(火)19時18分22秒 pw126161075125.11.panda-world.ne.jp
返信・引用
  > 4月の例会に、五王酔帰が席上参考作品として出品されていた!この年の10月、岡倉天心はアメリカに旅立ったのである。
>  五王酔帰(掲載記事)美術新報(明治三十八年四月二十日)第四巻・第参号・七頁 〇美術院二十日会、四月の例会は午前新作書評に山田正隆氏を臨時座長に推して評論を闘わせ、岡倉覚三氏の総評を以って終結となり、午後の写生は水野年方氏担当の下に、会員横田佐雄「モデル」に立ち大鎧を着して各種の姿勢を取り、講話に上田敏氏の『レオナルド・ラビンチ』に就て露国の近刊小説に依り其萬能なる性格及び「ラハエル」「ミケランゼロ」との関係など細叙して夕方に及べり。当日は風塵烈しかりし橋本雅邦氏以下百四十名許の来会者あり、席上の参考品には帝室博物館所蔵雪舟筆達磨、趙仲穆筆五王酔帰、経隆筆西行物語及田中親美氏所蔵光長筆年中行事等ありたりと。国立国会図書館にて収録(平成ニ四年十ニ月十一日 )
>
 

有名人の役割に格式の差

 投稿者:ねこ  投稿日:2013年 6月19日(水)13時45分52秒 bf02186.fip.synapse.ne.jp
返信・引用
  有名人の役割に格式の差

http://park.geocities.jp/jpcdebate/0203/p034.html#page228

有名人の役割を詳細に検証すると、
その家柄の違いがはっきりと浮かび上がる。
(仮説を含む)
( http://book.geocities.jp/japan_conspiracy/0102/p006.html )
 

十三図ノ五 と その模本

 投稿者:五王  投稿日:2013年 4月27日(土)11時14分12秒 p3169-ipbf4507marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ◎東京国立博物館所蔵 木挽町狩野による中国絵画模本目録:整理番号5555 原本:趙仲穆:(上・原本)◎模本作家:伊川院狩野栄信(下模本)(1821年)◎原作制作時代:中国元時代◎作品渡来時期:江戸初期 ◎宮内庁登録状 第八八六号:全国宝物参考攷に登録(1896年) ◎日本美術院二十日会参考出品(1905年)        

十三図の四

 投稿者:五王  投稿日:2013年 4月27日(土)01時37分24秒 p3169-ipbf4507marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  図柄が語る生きた風物詩!それらは、十三の図柄がすべて作為的なものでなく、当時の人と馬の姿を、そのまま写していることに感動!  

十三図の三

 投稿者:五王  投稿日:2013年 4月22日(月)19時59分26秒 p3169-ipbf4507marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  その証として、黒田家の第一家宝(手鏡・巻物)五番目に登録されている。また、四代藩主・綱政は(1659-1711年)文化人として有名で狩野永真(五王酔帰図の鑑定人)に絵を習い、自筆の絵馬を各神社に奉納し、十数点が現在確認されている。狩野永真は有名な狩野探幽の弟で、徳川幕府で最も格式の高い奥絵師であった。奥絵師とは、鑑定の仕事、在庫屏風の管理や、古画召し上げの下見などが義務ずけられていた絵師を指す。  

十三図の二

 投稿者:五王  投稿日:2013年 4月22日(月)00時24分47秒 p3169-ipbf4507marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  当作品は、中国史上、政治の安定期「開元の治」として有名な盛唐時代(8世紀初頭)の玄宗皇帝一族の各王子達の心温まる交流が描かれた巻物で、九州博多の初代黒田藩主の黒田長政により、歴代藩主への伝授物として特に収蔵されたとの言い伝えがある貴重な作品である。  

五王酔帰図・十三図の一

 投稿者:五王  投稿日:2013年 4月21日(日)11時43分5秒 p3169-ipbf4507marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  作家:趙仲穆(ちょうちゅうぼく)1289-1361年。題名:五王酔帰図(開元の治・唐六代玄宗皇帝の治世)。寸法:縦24cm 横354,5cm。形状:紙本・白描・巻物。  

あの岡倉天心が・・・ボストン美術館に!

 投稿者:五王  投稿日:2012年12月18日(火)00時24分17秒 p3169-ipbf4507marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  明治38年4月、帝室博物館所蔵の「五王酔帰図」は、岡倉天心の強い要望があり、美術院第17回:二十日会の席上参考品として展示されたのである。天心は同年10月2回目のボストン美術館勤務に就き、同月から翌年2月迄、ボストン美術館の収蔵品収集のため清国に赴いている。  

明治38年4月・日本美術院

 投稿者:五王  投稿日:2012年12月12日(水)00時13分19秒 p3169-ipbf4507marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  4月の例会に、五王酔帰が席上参考作品として出品されていた!この年の10月、岡倉天心はアメリカに旅立ったのである。
 五王酔帰(掲載記事)美術新報(明治三十八年四月二十日)第四巻・第参号・七頁 〇美術院二十日会、四月の例会は午前新作書評に山田正隆氏を臨時座長に推して評論を闘わせ、岡倉覚三氏の総評を以って終結となり、午後の写生は水野年方氏担当の下に、会員横田佐雄「モデル」に立ち大鎧を着して各種の姿勢を取り、講話に上田敏氏の『レオナルド・ラビンチ』に就て露国の近刊小説に依り其萬能なる性格及び「ラハエル」「ミケランゼロ」との関係など細叙して夕方に及べり。当日は風塵烈しかりし橋本雅邦氏以下百四十名許の来会者あり、席上の参考品には帝室博物館所蔵雪舟筆達磨、趙仲穆筆五王酔帰、経隆筆西行物語及田中親美氏所蔵光長筆年中行事等ありたりと。国立国会図書館にて収録(平成ニ四年十ニ月十一日 )
 

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